うつ病ラボbyサティセラピー

本当の自分を取り戻し、自分を活かす方法

プロフィール⑧【妊娠】

廃人のような生活の中でも、たった一つだけ私に楽しみがありました。

 

すごく好きな人がいました。

 

その人は父が倒れてから知り合った人で、かなり年上の落ち着いた人でした。

 

ドライブに連れていってくれたり、散策に出かけたり、一緒にご飯食べたりして、他愛もないことなのだけど、その人と一緒にいると私はすごく気が休まって安心できました。

 

だから私はすごく甘えてしまって、その人にすごく依存してしまいました。

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“ねぇねぇ私の話しを聞いて”

“もっと一緒にいたいよ”

“淋しい時はずっとそばにいて話聞いてよ”

 

ずっとそんな感じでメール、電話をし続けて、始めは頻繁に返答があったのに段々と返事が2回に1回、5回に1回となり…そうなると私は、控えるどころか更にしつこくなっていきました。

 

10回に1回そっけない返事が返ってきて…というか、彼だって社会人で朝から晩まで仕事をしているわけで、頻繁に返信なんてできるはずがありません。それでも私はその都合を全く無視して一方的に自分のしてほしいことを伝え続けました。

 

 彼は悪人ではないし、大人だから、年下の私が悪い子ではないことは分かっていたと思うし、心の病のことや、父親のこともちゃんと理解していてくれていたけど、私の迷走・暴走にほとほと疲れてきていたと思います。

 

ある時から全く返信も来なくなって、電話もなくなりました。

 

相手にされないことの悲しみを、リストカットや煙草の火を自分の腕に押し付けて紛らわせていました。

 

 

 

…でも少し経って気づいたのです。

 

 

 

“私妊娠している”

 

 

 

とにかく彼に言わなきゃ!…そう思って連絡をするけれど、電話もメールも全く返事がありません。もう頭の中がすごく混乱して、どうしたら良いのか全く分からない状態でした。

 

 

 

私は誰にも相談できず、妹に相談しました。

 

「ねぇ、誰の子なのよ?連絡取れないってどういうこと?!」

 

妹は電話口で興奮したように尋ねてきて

 

「すぐにそっちに行くから!!!始めから順序立てて話して!」

 

 そう言って、すぐに来てくれました。

 

 

 

今思うとすごく愚かだけれど、私はたとえ彼が許可してくれなくても、一人でも産む気でいました。産婦人科では当たり前だけど、とても心配されました。

 

薬をたくさん飲んでいて、父親が出てこない、正常な判断もできないのに大丈夫なの?と。もっともだと思います。

 

産婦人科に行くのも、かかりつけの心療内科に行くのも、母親にそのことを打ち明けるのも全部妹が傍にいてくれました。

 

母親は激怒、絶対堕胎しなきゃダメだと怒鳴りました。でも私は産むの一点張り…だれも味方がいない中で、妹だけは

 

「私が一緒に育てるよ!大丈夫、きっと二人で頑張れる」

 

といって味方でいてくれました。

 

 

何もできない私の代わりに、母を説得してくれました。妹は自分のことは全く頑張らないのに、他人のことになると必死になる…

 

 

 

 

でも結局、その後ここに書き切れない経緯が色々あって、結局私は妊娠を継続することができず、中絶することになったのです。

 

「泣いていたら手術する先生だって辛い。もう泣きやみなさい」

 

看護師さんの言葉が胸に刺さりました。

 

悲しいのは私だけじゃない。先生も妹も母親も彼もみんなみんな辛かったと思う…

 

 

 

人工妊娠中絶手術は本当に短い時間で終わりました。

 

真夏で外はうるさいくらい蝉が泣いているのに、私は寒くて振るえながら病院から帰宅しました。私の部屋で妹が待っていてくれて、私の手を取って泣きました。

 

「もう泣くのはこれで最後にする。…もう前を向いて歩こうね。」

 

そう妹が言いました。

 

 

ずっと‟みんな大嫌い”…そう思ってきたけれど、一番人を振り回して傷つけているのは自分自身でした。